2008年1月 飼育日記

 

2008年1月23日(水)曇り
かねてより病気と闘っている友人がいるとお話してきましたが、1月19日に永眠いたしました。
前日、夜の10時過ぎまで付き添っていましたが、状態が安定していたため帰宅し、のんチンたちのお家のお掃除やご飯の世話などをして、持ち帰っていた仕事をPCで仕事をしていました。
深夜の電話というのは、ほとんどの場合、あまりいい知らせではありません。午前3時頃、PCに集中していたワタシはケータイの着信音に飛び上がり、さらには発信元の名前を見て悪い予感・・・。それは容態急変の電話でした。いちばん病院に近いワタシが電話から10分後ぐらいに病院に到着し、その10分後ぐらいにはこちらも親しい友人である彼の妻Rがもう1人の友人Yの車で到着。
酸素飽和度も血圧もひどく下がっていて、異常に呼吸が浅く目もうつろな状態でした。呼びかけにも反応はまったくなく、酸素マスクから送られる酸素の量もMAXまでになり、ただただ祈るような気持ちでワタシたちは見守っていました。
暫くすると血圧は低いものの、ようやく酸素飽和度が上昇。いわゆる小康状態になったので、ワタシは次の日の仕事のためにいったん帰宅しました。残っていた仕事を少しやっつけ2時間ほど寝て出勤。9時ぐらいにはさらに別の友人Nが来たらしく、Yも自宅で1時間ほど仮眠をとり仕事へ。
そしてその日の午後4時前のことでした。再び急変の知らせ。ワタシはどうしても職場を離れられない状態。同じ職場のYがすぐに車で病院へ向かいましたが、車中で臨終の知らせを受取りました。ワタシは職場でNから「4時2分だった…」と。電話の向こうから妻Rの叫びに近いような泣き声が聞こえていました。
葬儀はRの希望で家族葬に。といっても親族だけということではなく、ごく親しい友人・知人も含め、彼の近しい存在の人たちだけで送ることに。それでも彼の人柄を慕っていた人は数多く、70人とも80人ともしれないほどの人たちが早すぎる彼の死を悼みました。
自分のことより他人のことを優先し、不平不満を漏らさず、誰よりも仕事熱心で、我慢強く、人のことを悪く言わず、そして妻を愛していた人でした。これまで何度もお葬式に参列したことはありますが、すべての参列者が涙を流したお葬式をワタシは初めて見ました。だいの大人たちが嗚咽を漏らし涙にくれました。
ずっと昔、ある人にこう言われたことがあります。「人間は死に様を作るために生きているんだ」と・・・。若かったワタシはピンとこずにただ「ふーん」という感じでしたが、今となってはその意味が身にしみてわかる気がします。
残していったRのことはきっと気がかりでしょうが、安らかに眠ってほしいと心から願ってやみません。合掌。

 

2008年1月5日(土)晴れ
皆様あけましておめでとうございます!

去年はいつもながらの多忙にくわえ、さらに輪をかけたような忙しさで更新もままなりませんでした。仕事もさることながら、病気の友人の見舞いや付き添いなどで毎日がテンテコマイ!!
いつもなら遊びに来てくださった皆様へのお礼、実家への民族大移動の報告などで年末にサイトを締めくくるところ、29日は午前3時まで仕事、30日はなんと朝の7時まで仕事をしちょりました。で、そのまま寝ずにのんチヨを抱えて実家へ・・・。くぅぅぅぅぅぅぅっ!!たまらんわ。
ヘロヘロになりながら実家へ帰ると、今度はおせちの準備でこき使われて白目をむいとりましたです。ハイ。今年こそはおせちを廃止しようと、妹と2人何度も母親に嘆願してきましたが、そのたびに昔人間の母に却下され、今年もやはりブツブツ言いながら里芋の皮を剥き、海老のせわたを取り、数の子の塩抜きをして薄皮を剥き、etc・・・etc・・・etc。
3日にようやく大阪に帰ってきて腰を下ろす暇もなく、お正月の間ひとりで病院に付き添っていた友人の嫁(こちらも古くからの友達)にお弁当を作ってやり、そのまま病院へ・・・。
次の日、疲れが出たのか体調は絶不調。朝から病院へ行っていましたが、寝込んでしまいました。その夜、10時半ごろに容態が急変したという電話が入りタクシーで病院へ。お医者様の処置で少し容態が落ち着き深夜3時ぐらいに帰宅。急に眠れるわけもなく、結局、明け方5時ぐらいにうとうとしはじめ、3時間ぐらい睡眠をとって初出勤へ・・・。おかげで吸血鬼のように充血した目でヤル気満々(ヤケクソ)の初出勤でございましたのよ〜〜〜。アハハ・・・アハハハハハハ・・・。
初詣なんて行くヒマなんかあるもんかっ!!キィーーーーーーーー!!
マジでお正月が楽しいなんてお年玉がもらえる学生の間だけですな。大人になったらアータ!出るお金は増えても入るお金なんてありゃしねーよっ!!おまけにそんなイベントのために年末はオニ多忙やし・・・。
のんチヨ?お坊ちゃまたちもそんなこんなで多少ご飯の時間がずれるなどしましたが、とくに何かを手伝っていただくこともありませんし、てか手伝えませんし、つつがなく年末年始を過ごしました。でも、実家ではお爺になったのんチンはさすがに以前のように悪戯をすることもなかったので、「やっぱり年寄りなんやなぁ」と不名誉な感想を述べられておりました。
毎年、年賀状をいただいている方々へも不義理をしてしまい大変申し訳ありませんでした。こんなワタクシですが、今年ものんチヨ共々よろしくお願いいたします。ペコリ。

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